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熊本地方裁判所 昭和57年(ワ)781号 判決 1983年2月15日

原告 式倬史

右訴訟代理人弁護士 三角秀一

被告 熊本県

右代表者知事 沢田一精

右訴訟代理人弁護士 本田正敏

同 益田敬二郎

右指定代理人 下田憲一

<ほか二名>

主文

一  被告は原告に対し、金二五万円及びうち金二〇万円に対する昭和五七年五月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金八〇万円及びうち金五〇万円に対する昭和五七年五月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  熊本県多良木警察署に勤務する警察官田上国登は、昭和五七年五月一二日、「原告が、決定の除外事由がないのに、昭和五七年四月某日某時頃自宅において大麻混りたばこ若干量を所持していた。」との大麻取締法違反の被疑事実により、人吉簡易裁判所裁判官に捜索差押許可状の発付を請求して同日右許可状(以下本件令状ともいう。)の発付を受け、同警察署に勤務する有働博秀ほか八名の警察官は、右許可状に基づき、同年五月一九日午前七時頃約一時間にわたり、肩書住所の原告方居宅及び付属建物、原告の着衣及び所持品について捜索をした。しかし、差押えるべき物は発見されなかった。

2  本件捜査の違法性

原告は前記被疑事実とされた罪を犯したことはなく、したがって原告については何らかかる犯罪の嫌疑は存しなかったのに、前記多良木警察署の警察官らは、あえて本件令状の発付を請求したうえ、本件捜索をしたものである。

よって、本件令状の請求及びこれに基づく本件捜索は犯罪の嫌疑なくしてなされた違法なものであり、かつ右警察官らには故意若しくは過失があったものというべきである。

3  被告の責任

前記警察官らは、いずれも被告の公権力の行使に当たる公務員であり、本件令状の請求及び捜索は、右警察官らの職務の執行としてなされたものであるから、被告は、国家賠償法一条一項により、原告に生じた損害を賠償する義務がある。

4  損害

(一) 原告は弦楽器を中心とする音楽の個人教授を職業としており、人吉音楽協会長、人吉文化協会会長、人吉弦楽愛好会会長、人吉芸術会館諮問委員等の役職にあるが、本件違法な捜索によりその基本的人権を侵害され、身に覚えのないことで極度に衝撃を受け、精神活動にも多大の影響を受けて精神的苦痛を被った。右精神的損害に対する慰藉料は金五〇万円が相当である。

(二) 原告は、原告訴訟代理人に本訴の提起、遂行を委任し、相応の手数料、謝金を支払う旨約したが、その額としては金三〇万円が相当で、これも本件不法行為により原告に生じた損害である。

5  よって、原告は被告に対し、損害賠償として右計金八〇万円及びうち金五〇万円(慰藉料)に対する昭和五七年五月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否並びに被告の主張

1  請求原因1は認める。

2  同2は争う。

3  同3は認める。

4  同4の(一)のうち原告の職業や各役職が原告主張のとおりであることは認めるが、その余は知らない。同(二)は知らない。

5  被告の主張

(一) 本件については、原告が本件犯罪を犯したことを疑うに足りる次のような資料が存在する。

(1) 本件被疑事実の情報の入手状況を記載した多良木警察署勤務(以下同じ)の警察官有働博秀作成の昭和五七年四月三〇日付捜査報告書

(2) 人吉市役所に対し、原告の本籍、住所、氏名、生年月日、家族構成などにつき照会した結果を記載した警察官北野陽祐作成の昭和五七年四月三〇日付電話録取書

(3) 原告が大麻取扱免許該当者ではない旨の熊本県薬務課からの回答を記載した右北野作成の右同日付電話録取書

(4) 原告が昭和五七年四月某日自宅において大麻混りたばこ若干量を所持していたことを認定できる状況や、右の二、三日後人吉市内のスーパーマーケット内で四人連れの男が「式先生が音楽仲間と大麻パーティをしている。」旨の会話をしていたのを聞知した事実などが記載された、熊本県球磨郡内居住の二九歳の会社員男性の昭和五七年五月四日付参考人供述調書

(5) 原告の交友関係、家族関係、生活程度などにつき聞込み捜査をした結果を記載した警察官有働博秀ほか一名作成の昭和五七年五月七日付捜査報告書

(6) 多良木警察署防犯係あての「式先生がマリファナパーティをしている。」旨のはがきによる投書の入手状況を記載した前記北野作成の昭和五七年五月一〇日付捜査報告書

(7) 参考人供述の信用性の判断、原告の身辺捜査結果についての判断、強制捜査の必要性の判断、及び被疑事実の認定などを記載した前記有働作成の昭和五七年五月一〇日付捜査報告書

(二) しかして、多良木警察署の警察官田上国登は、右各資料を客観的、合理的観点から十分検討し、原告が昭和五七年四月某日某時頃自宅において大麻混りたばこ若干量を所持していたとする大麻取締法違反の罪の嫌疑は十分であり、かつ右犯罪の性質上強制捜査の必要性があるものと判断し、犯行の裏付けとなる大麻混りたばこ類を発見、押収するために本件令状の発付を請求してその発布を得たうえ、これに基づいて有働博秀ほかの警察官が本件捜索をなしたものである。

よって、本件令状の請求及び捜索には何ら違法はない。

三  被告の主張に対する原告の認否

被告の主張(一)の各資料の存在は知らない。同(二)は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因第1項の事実は当事者間に争いがない。

そこで、本件令状の請求及びこれに基づく捜索の違法性について検討するに、およそ警察官等の捜査機関が犯罪の捜査に際し捜索差押許可状の発付を請求しかつ右許可状に基づき捜索、差押を行なうについては、犯罪の嫌疑が存在しなければならないのはいうまでもないところ(刑事訴訟規則一五五条、一五六条等)、本件の場合、本件捜索によっても原告の大麻取締法違反の被疑事実を裏付ける物は発見されず、その他右犯罪を認め得る証拠はなく、かえって、《証拠省略》によると原告がかかる犯罪を犯した事実はないことが一応認められるので、結局本件については犯罪の嫌疑がないのに前記捜査がなされたものと推認せざるを得ず、したがって本件令状の発付請求及び捜索執行は違法であるといわざるを得ない。

もとより、被疑者が結果的に無実であっても、捜査の時点で犯罪の嫌疑について相当な理由があるとされる限りは右捜査が違法となることはないと解すべきであるが、本件においては、本件捜査の当時被告主張の犯罪の嫌疑について相当な理由があったことを認め得べき証拠の提出が全くないので、当裁判所としては右相当な理由の存否を判断する由がない。(もっとも、本件令状の発付請求に対し、裁判官がこれを認めて右令状を発付したことは当事者間に争いがないが、右事実だけで直ちに本件犯罪の嫌疑につき相当な理由があったものと認めるわけにはいかない。)よって、この点の被告の主張は採用できない。

そして、以上の事実によれば、本件違法な捜査につき前示多良木警察署の警察官らには少なくとも過失があると認めざるを得ない。

二  しかして、右警察官らがいずれも被告の公権力の行使に当たる公務員で、本件令状の請求及びその捜索執行が右警察官らの職務の執行としてなされたものであることは当事者間に争いがないので、被告は、国家賠償法一条一項により、原告に生じた損害を賠償する義務がある。

三  そこで、原告の損害について判断する。

1  本件違法な捜索により、原告は憲法上保障されている住居の安全、平穏等を侵害されたものというべきところ(憲法三五条)、《証拠省略》によると、原告はこれにより精神的に苦痛を受けたことが認められるが、本件違法行為の熊様、及び本件捜索の事実が当時新聞、テレビ等で報道されたことはなく、原告の周辺の者も原告自身から聞かされて初めて右事実を知ったものであること(この点も《証拠省略》により認められる。)、その他当事者間に争いのない原告の職業や役職など本件に顕れた諸般の事情を考慮し、原告の精神的損害を慰藉する金額としては金二〇万円をもって相当と認める。

2  次に、弁論の全趣旨によれば、原告は本件訴訟の提起、遂行を原告訴訟代理人弁護士に委任し、所定の手数料、謝金を支払う旨約したことが認められるが、前記認容金額、本件訴訟の性質等に鑑み、本件違法行為と相当因果関係のある損害として被告に負担させるべき弁護士費用の額は金五万円をもって相当と認める。

四  よって、原告の本訴請求は、右三の1、2の計金二五万円及びうち金二〇万円(慰藉料)に対する不法行為の日の昭和五七年五月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるものとして認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田和夫)

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